潮風が芭唐の髪の毛を揺らす。
夜の海は夜空を映して黒く、奇妙に光を発してうねっていた。
ザ、ザーンと不規則に波の音が響く。
テトラポットの上から見るこの風景はなんとも言えない引き込まれるものがあると思った。
だからこそ芭唐は毎日ここで意味もなく座り続けていたのかもしれない。
芭唐はポイ、といつも野球ボールを投げているのとは全然違ったおかしなフォームで空になったビールの缶を海へ投げ捨てた。
そしてそっと後ろを振り返る。
「…何か用?」
女は何も言わずそこに立っていた。
こんな人気のないところに、ましてこんな夜遅くに一体何故こんな所に居るのだろうか。
しかも先ほどからその女は芭唐より少し離れたところに立っていたのである。
その長い髪は月の光を浴びて金色に光っていた。
ゆっくりと瞬きしたその目は青く、蒼く、まるで今の海のようだった。
芭唐はハッとして微妙な焦りを感じた。
何でだかわからないけど自分が海に溺れたような錯覚に陥ったのだ。
不思議な、女だと思った。
「未成年がビール飲んでいいわけ?」
女が急に口を開いたので思わず驚いてしまう。
ひとつ、小さく息を吐くと芭唐は笑った。
「隣、座れば?」
女は一瞬の躊躇の後静かに芭唐の隣に座った。
芭唐はもう一度海に目をやる。
海は先ほどと変わった様子はなかった。
女も同じようにして海に目をやる。
「俺、成人してるし」
女が怪訝そうな顔をして芭唐を見る。
芭唐はニカっと笑った。
「ほんとだって。信じなさいよ芭唐くんを」
女は信じられないと言うように首を振った。
「変わった名前ね」
バカ…ラ?とカタコトに女が発音する。
芭唐は慌ててそれを静止した。
「ちょっとちょっと!切るとこ違う!バカじゃなくてバ・カ・ラ!」
どっちでも同じじゃん、と女が言うと芭唐は全然違うっつーの!と返した。
「…で?」
「…何よ」
「名前」
「は?」
「アンタの名前」
女はやっとことを飲み込んだように頷いた。
「」
「…ね」
芭唐はなるほど、とでも言ったように繰り返した。
「何で」
芭唐がふとの方へ目をやる。
「何でこんな所にいるの?」
それはこっちのセリフだっつーの、と芭唐は小さく笑ってもう一度海に目線を戻した。
それから大きく伸びをした。
「だってさ、綺麗だと思わね?」
「…海が?」
「そう」
が怪訝そうに聞き返すと芭唐は横を向いたまま頷いた。
波のメロディは止まらない。
夜の少し冷たい風に乗って潮の匂いが鼻を掠めた。
「真っ黒っての?ホラ、昼と全然雰囲気違うくね?引き込まれるっつーの?
俺は夜の海の方が好きだね」
第一人がいねーってとこがいいな。
この海全部俺のモノーって感じじゃん?
芭唐がそう言うとは小さく笑った。
「…ありがとう」
「あ?」
不思議そうに芭唐が返す。
はなんでもないよ・と言った。
それ以上芭唐は追求せずそれからは黙って海を眺めた。
わかったような気がした。なんとなく、だけど。
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