「…トシ」


屯所の廊下は古いもんで歩くとギシギシ言う。
テンポよく軋んでいた床の音が止まった。




「…悪い」






















イデンティティ・ベラリィ




























「なんでお前が謝るんだ」


土方がふいに近藤の方を向く。
近藤は軽く項垂れた。


「俺だってちゃんとわかってるつもりさ。武士として、真選組として生きていくにはそれなりの…死の覚悟だってしているんだ」


それは土方の本心であろうか。
こんなに長い付き合いなのに未だにコイツの心を読むことはできない。
近藤は溜息をひとつつくと頭を下げた。


「スマン…!」


土方は困ったように笑う。


「近藤さん、お前は悪くねぇだろ。局長がここを動くわけにもいかねぇ。京に行くのは俺が妥当だ」


だから近藤さん、お前は謝らないでくれ。いつものように笑っていてくれよ。
そういい残して土方は踵を返した。
近藤は無性にやりきれない気持ちになった。


「いっつも辛くない、平気って顔しやがって…!トシ…!」


近藤の奥から搾り出されたような掠れた悲痛の小さな声は土方に聞こえたのかどうかはわからない。












沖田も正直戸惑っていた。


「…どうするんかねェ。土方さん」


風よく通る屯所から少し離れたこの川沿いの野原は沖田のお気に入りの場所であった。
ゴロリと寝転がっていつものようにアイマスクをつける…が沖田はそれを外して空を仰いだ。


に何も言わないで行っちまうつもりなんですかィ?」


気付いてたのか、とでも言うように土方が沖田のほうを見た。
沖田は相変わらず寝転んで空を見上げたままだ。
土方も立ったまま同じようにして空を見上げた。
煙草の煙が空へと吸い込まれる。
沈みかけた日は2人の顔を赤く染めていた。


「…どうだろうな」


やがて視線を元に戻して煙と共にゆっくり吐き出すように土方が言った。


「他の男に奪われても知りませんぜ?」


土方は自嘲的な笑みを浮かべ質問には答えずにその場を去った。
暗くなる前に戻れよ・と言い残して。









…」


驚いた。
今日は夜勤ではないから真直ぐ家へ戻ろうとした…ら目の前にがいた。


「…どうしたんですかィ?」
もう暗いですぜ・沖田が言う。
は困ったように笑った。


「最近ね、トシが変なの。沖田さんなら何か知っていらっしゃるかと思って…」


悲しそうに目を伏せるを見て沖田は思わず自分も泣いてしまいそうになった。
胸の奥をギュっとしめつけられるような感覚。
手を伸ばせば届く距離にいるこの人を強く抱きしめてやりたいと思った。
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