「わー久しぶりー。きれいになったねー!」
「またまたァ〜こそー」
私は高校時代の懐かしい友達の言葉におどけた調子で返した。
自分が、まだあの時と変わらない高校生であるような何だかおかしな感覚に陥る。
あの人は 来ているだろうか。
まだ私たちが高校生だったあの時、
包帯を巻いた頭の高い位置で髪をひとつに結って
ボールを投げ込むあなたの姿がふと脳裏をかすめて私は少し、困ってしまった。
もう三年も前のことなのに、忘れられない自分がいる。





























ハナアヤメ




























「久々だな、


私は自分の名を呼ぶ相手の方に顔をあげた。
思わず何度か瞬きをしてしまう。


「屑桐・・・」


私は何だか胸がいっぱいになってしまって
何か、言おうとしたのだけれど結局どの言葉も喉につっかえてしまって声にはならなかった。


「元気だったか」


包帯は巻いていないものの顔の半分を覆うほどの特殊なペイントと
トレードマークでもあったひとつに結われていた黒髪がその人物が屑桐だということを私に強く感じさせた。
そして私はゆっくりと頷いてみせた。


「もちろんよ」


「そうか」


屑桐がほんの、少し微笑んだ気がした。
変わらない、あなたを見て私は何だかもどかしいような不思議な気持ちになってしまう。
いつも笑わないあなたが、私の前で初めて笑ってみせたとき、
その時の気持ちを思い出してしまった自分に少し苦笑した。


「いつもがんばってるね」


私がそう言うと屑桐はやっぱりあの頃と変わらない無愛想さで「あぁ」とだけ返した。


「ここじゃちょっと騒がしいし外に出ようか」


私はそう言ってそっと会場の外へ出た。
もうすぐ秋であることを知らせる風が吹いたことに私は少し動揺してしまった。


「テレビで見てるよ」


あの四角い箱の中のマウンドに凛とした態度で立つ投手の姿を思い出した私は
そんな遠いところへ行ってしまったはずの屑桐が今は手を伸ばせば届く距離にいることに不自然ささえ感じてしまった。


は今はどうしてるんだ?」


思いもよらぬ質問に私は一瞬戸惑ったがすぐに「大学に通ってる」と返した。


「そうか」


短く、屑桐が言った。
そんな表情(カオ)しないで。思い出しちゃうから。
言葉を交わすたびに、ひとつ、またひとつと蓋をしたはずのあの頃の思いがあふれ出してしまう。


「変わったな」


突然そう言われて私はどうしていいかわからず困ってしまった。
変われない・変わらない・何ひとつあの頃と。
蓋をあければ今もあの頃のまま。
私は静かに首を横に振った。


「そんなことない」


あなたにはきっともう私の気持ちはわからないでしょう。
戻れない・戻らない・わかってる・わかってる。


「後悔している」


「え?」


私が意味が解からず聞き返すと屑桐は少しの間考えてからゆっくりと口を開いた。


「あの時・・お前と別れたこと」


あたまの奥底がズキン、と痛んだ。
未だに忘れることのできないあの日の記憶が。


「正直、あの時は、目の前にある野球のことで精一杯で
遠く離れてもお前とうまくやっていける自信がなかったんだ」


私は言葉が見つからずズキズキするあたまをそっとおさえた。


「でも・・」


屑桐が静かに続けた。


「プロになって、しばらくしてやっと周りが見えた。
・・・・我武者羅に突き進んできた俺自身の人生がな」


私には屑桐が何が言いたいのかがよく解からず、ただ黙って話を聞いているしかなかった。


「俺の記憶の中には、いつもお前がいるんだ。
がいなければ俺はここまでこれなかった。感謝している」


そう言って屑桐がこっちを見たから目が合ってしまった。


「そ、そんな大袈裟な・・それは屑桐自身が頑張ったからでしょ?
私は屑桐に感謝されるようなこと、何もしてないよ」


戸惑いながらようやくそれだけを口に出すことができた。


「今プロとして頑張れてるのも屑桐自身の力だし・・。ヤだなぁ屑桐ってば今更そんな昔のこと・・」


泣きそうになるのを堪えて私は努めて明るく言った。
ここで泣いてしまえばきっと屑桐に迷惑をかけてしまう。
できることなら、こんな過去を思い起こすような会話はしたくない。
この、行き場のないあの頃とを同じ想いが止まらなくなってしまうから。


「今更・・か。本当にもう遅いのか?・・」


屑桐が真剣な顔でこっちを見て言うもんだから私の心臓の鼓動はますますはやくなった。
久々に、3年ぶりに屑桐の口から発せられた自分の名前が
まるでいつもそう呼ばれているみたいに自分の耳に馴染んだ。


「な、何言って・・」


そのあまりにもなつかしくて愛しい複雑な気持ちはますます私の涙腺を緩めた。


「今更こんなことを言ってお前を困らすだけかもしれんが・・・」


そこで屑桐は一度言葉をきった。


「もう一度、やり直せないか」


ついに限界を迎えた私の瞳は大粒の雨を降らせた。


「な、・・・」


案の定急に泣き出した私を見て屑桐は慌てた。


「屑桐はズルイよ。言ったじゃん。いつも、テレビで見てるって・・」


私はやっとの事で喉の奥から絞り出すような声で言った。
そしてその次の瞬間には私は屑桐の腕の中にすっぽりとおさまっていた。
三年ぶりに感じた屑桐の体温が温かくて私は涙が止まらなかった。


「もう・・絶対に離さない・・。
・・好きだ」


そして私たちは唇を重ねた。
三年間の空白を埋める、暖かいキスを
あなたと2人、今ここで。







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